特に絶対コレというような好きなチームはなく、幅広く欧州サッカーを楽しんでますが、ひとつのチームや選手に絞って、
掘り下げた視点でサッカーを自分なりにかいてみたいと思いました。
長年の歴史を誇るリーガ・エスパニョーラ。
それにも関わらず、1度も2部降格を味わったことのないクラブといえば、レアル・マドリード,バルセロナ,そしてこのアスレティック・ビルバオです。
世界的な強豪とならんでリーガに君臨し続けるこのビルバオについて今回掘り下げてみたいとおもいます。
アスレティク・ビルバオは、スペイン・バスク州の州都、ビルバオに本拠地を置くクラブで1898年創設されました。
そしてご存知の通り、このビルバオはクラブ発足以来、「バスク人主義」を掲げ100年を超える歴史の中で1人たりともバスク人以外のプレイヤーを入団させていません。
そのため、ボスマン裁定によって最も苦境に立たされたクラブである、といえます。
純血主義、苦しい財政状態、と外部からの補強は難しい状況にありながらも、リーガ・エスパニョーラ屈指の規模を持つ下部組織の「レサマ」からの選手の輩出により、他のチームに対抗するビルバオ。
ここにバスク人の強い団結力がみてとれます。
それは一体何に由来しているのでしょうか。
バスク地方はスペインとフランスの両国にまたがっている小さな地方です。バスク人の話すバスク語はスペイン語ともほかのインド・ヨーロッパ語ともまったく異なり、スペイン人も何を言ってるか聞き取れないとても難しい言語です。
バスクは数々の侵略された歴史を持っています。特にフランコ独裁政権下では、かなりの弾圧を受け、バスク語の使用も禁止される憂き目にもあってきました。
しかし、バスクのアイデンティティーは消失されることなく、民族舞踊をはじめとする独特の文化は今もしっかり根付いています。
そしてそれは、祭りのときもいかんなく発揮されます。
祭りのなかのバスク競技では、たとえば、大木の切り株を誰が早く割り終るか、200キロもの重い石を誰が持ち上げるか、などがありバスク男子のたくましさが見どころです。
バスク人が独自の文化や風俗、習慣、言葉等をいつくしみ、大切に守ってきたことが色んな部分で見て取れます。
こういった所が彼らの団結力の所以であるのです。
ビルバオに話を戻します。
このクラブにとって、フランコ独裁時代にカタルーニャ地方とともに弾圧を受けたバスク地方のクラブとして、サン・マメスにおけるレアル・マドリッド戦は特別な試合です。
とはいえ、地方と中央の代理戦争は過去のものとなっていて、マナーが良いことで知られるサポーターはエル・クラシコのような騒ぎをおこすことはなく、
レアル・ソシエダとの対戦であるバスクダービーも、のどかとすら言える雰囲気のなかでおこなわれます。
テロ組織ETA(バスク祖国と自由←2004年にフランスの対テロ組織により消滅したとも?)との蜜月を囁かれたこともあるものの、ETAのテロに対して非難のメッセージを送るなど平和的です。
そんなサポーターに支えられ、バスク人の誇りをかけて戦い続けるビルバオ。
エスケーロとデルオルノの移籍があったものの、ポジションチェンジとウナイ、スビアウレ、タランチーノなどの加入である程度穴は埋まっており、
ウルサイス、エチェベリア、ジェステ、イラオラ、アランスビアなどのタレントに加え、ジョレンテの台頭も著しいものがあります。
どうやら今年も我が道を突き通しつつ、
強豪揃いのリーガで奮闘することが期待できます。